オリンピック 女子バレー
今年の夏は4年に一度のオリンピック。
その熱い戦いも後、数十日と迫りました。
ある番組でバレーボール女性全日本代表の栗原恵選手の特集が放映されていました。
その中で先日行われた世界最終予選でオリンピック出場を決めた最後の試合を勝っても栗原恵選手は厳しい顔をしました。
前回「メグ」と騒がれて出場した2004年のアテネオリンピックで世界との力の差を感じた栗原恵選手は、少しでも世界のバレーを経験したいとVリーグの所属先を自分の意思でオリンピックでも活躍している外国の監督がいるパイオニアに替わりました。
Vリーグのルールで自分の意思で所属先を替えると、1年間試合に出れない規則があり、それを覚悟の上の替わったのです。
しかし、不運は続きます、2006年、全日本代表に選出されましたが、合宿中に左足有痛性分裂種子骨障害と診断され離脱し選手生命を掛けて、約半年間のリハビリ生活を送ったそうです。
左足有痛性分裂種子骨障害とは、足の踵の骨にひびが入り、選手としては致命的なケガでそれを手術で治療すると選手生命が絶たれる可能性があったそうです。
そこで手術せずに体を左右バランス良く使えるようにキツイリハビリを行い復帰を目指して耐えたそうです。
ケガと所属先を替わり1年もの間、試合や遠征にも行けず、仲間が遠征に出ている間でも1人所属チームの体育館に残り孤独に絶えたそうです。
栗原恵選手のあだ名は「こう」常に高い所を目指しているからそう呼ばれているそうです。
日本の中でバレーボールが上手い人の中でそう呼ばれる意識の高さには頭が下がります。
それに右足の踵の骨折で選手生命が絶たれるほどの故障からの復帰、ブラウンカンの画面からは想像出来ない孤独を味わいながらも目指すのはさらに高い世界一。
北京でも世界一を目指して欲しいです。
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